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2006年01月20日

寝床でわしも考えた

息子を寝かしつけながら22時前には寝入ってしまい、3時過ぎからちょっと起きて仕事の残りをしようかなと思ったものの、しばらくすると息子が二階から「あーちゃん、なんで起きるの!寝ようよ!寝る時間だよ!」と叫び、寝床に連れ込まれるのをくりかえすこと2回。

このところしばらく暖かかったのですが、昨日ぐらいからまたぐっと気温が下がって粉雪もちらほら。
寝床から出た顔が寒い…と思いながら身じろぎもせず、息子の鼻息がふんがふんがかかるのに誘われてまた眠くならないように目玉を暗闇の中で見開き、時計のデジタルの数字がちゃくちゃくと変わるのを見ていたのです。すると。

うちは松原海岸から700メートルくらい離れているのですが、夜は波の音が聴こえるのですよね。昨日の夕方くらいから、けっこう風もきつくて、仕事中も玄関のドアが風に押されて軽く開け閉めを繰り返していたもんなあ。どどーん。どどーん。風の向きもあるのでしょうが、今夜はとくに、よく聴こえます。

わたしはものごころついた頃から、片耳の聴力がかなり低い(ほとんど聴こえない)ので、夜、寝床で横を向き、聴こえるほうの耳を枕に押し当ててふたをすると、音がまったく耳に入ってこず、若いころの両親がたまにちょっとした言い争いを起したりしていると、その声が耳に入るのがいやで、そんな風にして聴こえないようにして寝たり、また同じ部屋で布団を並べて寝る弟たちとゲラゲラ笑いながらふざけて話すときは、ツッコミやボケを聞き漏らさないように、聴こえるほうの耳を上にしたりしたものです。知らず知らずのときもあり、意識してそうすることもあり。そんな昔のことを、何度も頭の向きを変えて、波の音を耳の中に入れたり止めたりしながら思い出したりしておりました。


お客様とお話ししていると、『枕や寝かたに肩こりや腰痛の理由があるのではないか、それでゆがむのではないか』と問われることがよくあります。
身体の症状は、「原因がひとつでそれが痛みのすべて」はなく、いろんな要因がそれぞれのパーセンテージを持ちよって、足し算や引き算や掛け算を繰り返しながら増えたり減ったりをすると思うのです。
皆さんがよくおっしゃる「かばう」というのも、時には意識的、ときには無意識に。

多少腰が痛くてもたちまち寝たきりになるわけではなく、痛いなりに生活できるのは、身体のあらゆる部分やこころのある部分が「自分の持ち分はここまでだから、もうやらなーい」なんてことはいわず、じつに始まりはどこか、終わるのはどこか、そして区切るところはどこか、というのもはっきりさせないでいてくれるからだと思うのです。
疲れや痛みを押さえつけたり見ないふりをすることを許す寛容さを身体は持ち合わせている、それがゆがみという事なのかもしれないですが、いよいよ身体の堪忍袋の緒が切れると、わかりやすいところで言うといわゆるぎっくり腰のような症状が起きるわけなのですね。症状は急激に強いものが襲うわけですから、急性腰痛という言い方をしたりしますが、結局は慢性なのですよね。

その肩こりや腰痛は、枕や寝かたが一番の原因でした。と結論づけて考えるのをやめてしまうのではなく、なぜそんな寝かたをしないと自分は眠れないんだろう?ということを考えたとき、どこまでその理由をさかのぼれるか、想像力を膨らましてみるのも、快復へのひとつのハードルを越える手段になるかもしれません。

そしてさらに少々飛躍しますが、自分の身体を感じ続け、それがたとえすこし的外れであったとしても、そこから隣の人のつらさに想いをめぐらし、お互いにいたわりあうことが増えるなら、人からお金と引き換えにサービスとして与えられるだけのものとは違う、ほんまの『癒し』につながるのではないかなと思うのですよ。

投稿者 あつこ : 2006年01月20日 04:37

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コメント

・・・っそこ?

と思われそうですが。
のぞみさん、シーナマニアでした?
僕は10年程前の一時期、発行されている全てのシーナ本を読破していた時期がありました。
しかし、数ヶ月知らん振りしてたら、置いていかれ、最近は全く読んでおりません。

たまに、読み返すと良いかもしれないですね。
ハハハ

投稿者 てあて・あら木 : 2006年01月21日 11:23

じつは、僕もシーナさん、一時期よみふけるシーナマニアでした。

 話は変わりますが、癒し、以前はあまり認めてないというか、癒しを口にする人に限って
プロ意識の欠如した人が多かったので、
どうも胡散臭くて好きになれなかったのですが
、最近は自分なりに考えるようになりました。

また、のぞみさんの癒しについてのお考えとかお聞きしながら、ヤキトリたべてお酒でも飲みたいです。

投稿者 稲村@京都コンディショニング : 2006年01月21日 12:20

あら木せんせい、こんばんはです。
そうそう、シーナマニアでした。
バレテーラ?(笑)

シーナさんつながりで群さんをよみ、渡辺さんをよみ、沢野さんの絵をマネし、しまいにはあの「ドバラダ門」のハードカバーの本まで買って読んだシーナマニアです。
わたしもいつぞやからか、読まなくなり…というかシーナさんの著書に限らず、現在は、専門書など仕事に関する本以外の書籍において、絶対的に読書量が足りない。です。
あかんのです。

投稿者 のぞみ。 : 2006年01月21日 19:09

稲村さん、こんばんばん。

『癒し』ということばは、あまりにも軽くなりすぎました。

行きましょうね、ヤキトリ!

投稿者 のぞみ。 : 2006年01月21日 19:15

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